当時『ジョーカー』と『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』をハシゴしてピエロ漬けになったサドル・ドーナツです。
今更ながら『ジョーカー』の考察をアップロードしていきます。考察と言いつつ、根拠のない妄想みたいなものなんですけどもね。そもそも続編が存在してること自体この考察が不正解であることの証明になっているので、あまり真面目に受け取らずに聞いてください。
あ、あとネタバレ注意です。
どこからが妄想?
結論から申し上げますと、『ジョーカー』は全部最後に出てきたアーサーの妄想だと自分は思ってます。
この映画、アーサーが群衆に祭り上げられてから場面が暗転して急に精神病棟にぶち込まれているという不自然に急転直下な終わりを迎えてるんです。アーサーとカウンセラーはまるで何もなかったかのように落ち着いて短い会話をしています。続いて、恐らく血にまみれた足で廊下を楽しそうに歩きながらエンドロール。足が血に塗れているのは誰かを傷つけたor殺したということなのだと思いますが、その楽しげな様子は負の感情から殺人を犯したアーサーのイメージにそぐわない気がしました。
だから全部妄想だったというのはかなり無理筋な気はしますが、そもそもアーサーという恋人の存在を捏造した前科のある語り部の物語ですので「どこまでが妄想だったのか」というのは語るべき議題であり、その中で当然全て妄想というのも出てくる意見だと思います。(強引)
どこまでが狂気?
それで、全部妄想だった場合「で?」って話になると思うんです。じゃあ我々は何を観せられたのか……単なる妄想オチなんて今の世の中許されるものじゃありません。見せられる我々としてもたまったもんじゃありません。ですがご安心を、答えは用意してあります。
答えはただ一つです。ジョーカーが語ることなんてただ一つじゃありませんか──それはジョークです。ここに来て浮かび上がって来たのはDCコミックスが生み出したヴィランとしてのジョーカーの姿だったんです。劇中、一切進むことのなかった時計の針から鑑みるに、あの瞬間にあれだけ長いジョークを思いついていたのだと思います。
ジョークを‥‥ 思いついて
このセリフの直後、ある場面が差し込まれます。これこそこの説最大の根拠なのです。実はこの場面、アーサーが見ていない可能性が高い場面なのです。その瞬間、アーサーは気絶していました。そして劇中唯一、母親のカウンセリングにまで大人の姿で出張っていたアーサーが映っていない場面でした。それなのに彼はその場面を想起しながら笑っていたのです。
その場面とは、ウェイン夫妻の死体を見下ろす幼きブルース・ウェインの姿。そう、バットマンのオリジンです。それを見ていないはずのアーサーは笑いながらこう言います。
理解できないさ
──悪とは何か、と言われると非常に答えるのが難しい問いです。しかし、こう言うことは出来るのではないでしょうか。「悪とは正義の対極である」、と。正義の味方=バットマンの誕生を、存在そのものをジョークにして一笑に付すアーサーはやはり悪そのものだったんです。
以上が、僕の妄想紛いの考察でした。まぁ、続編出たんでこの説は完膚なきまでに否定されたのですが、供養としてここに投稿させてください。
ご覧いただきありがとうございました。
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