SaBaCaN ~趣味の缶詰~

とりあえずは自分の趣味に対するレビューを書いていきます。

サンタマリアを聴いて~無償の愛に応える愛~

 米津玄師は読み物でもあると思ってるサドル・ドーナツです。


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記念碑的な一曲

 この曲で米津玄師はメジャーデビュー。そんな1stシングルなんです。そして初実写MVで初顔出しですねー。少なくとも動画上では。

 ここで改めて米津玄師が音楽史上に登場したんです。2013年の出来事です。

 この頃は自分、米津玄師を追えてないです。まだパンダヒーローを聴いてた可能性さえありますね。

 二度目の開花を迎えた彼の曲は、ボカロ時代からも、『diorama』からもガラリと変わった、落ち着いたしっとりとした曲なのでした。

 『diorama』の挑戦的で実験的なカオスから、何か足の踏み場のようなものを見つけ出した──『YANKEE』期の始まりです。

『あなた』と『僕』の歌

掌をふたつ 重ねたあいだ

一枚の硝子で隔てられていた

ここは面会室 あなたと僕は

決してひとつになりあえないそのままで

話をしている

 『あなた』と『僕』。二人がこの曲の主役。しかしこの二人はお互いを見ることは出来ても触れあうことが出来ない。短いが確かな距離が二人の間にあるみたいです。

 ガラスと面会室というのも意味深ですよね。この組み合わせは留置所とか拘置所の面会室を思い起こさせます。いずれにせよ罪を犯してしまったというようなニュアンスです。この二人のどちらかが──曲全体を見ると多分『僕』の方が、罪を背負っている気がします。

 二人を結ぶ引力は感じますが、結ばれるには至らない。ただ話をするだけの時間が積み重なっていく。虚しくもどかしくも、清楚な愛を感じます。

今呪いにかけられたままふたりで

いくつも嘘をついて歩いていくのだろうか

しとやかに重たい沈黙と優しさが

見開いた目と その目を繋いでいた

あなたは少し笑った

 二人は呪いにかかっている。『僕』が背負っている罪に関係しているのでしょうか。そのせいで二人の道中には嘘が付き纏う。

 なんかここらへんは『アイネクライネ』にも通じるところがありますね。あちらでも見ないふりを積み重ねていくと歌っていました。米津玄師の中の、結ばれた二人の道にはマイナスなものが待ち構えているのだ、という哲学を感じます。

 しかし、その嘘だらけの道でも、『あなた』は優しく『僕』の目を見て笑って許してくれる。『あなた』の慈悲深さが歌われています。

あなたは『サンタマリア』

サンタマリア 何も言わないさ

惑うだけの言葉で満たすくらいならば

 果たしてこの「サンタマリア」は神に祈るように聖女に祈った結果出てきた感嘆の言葉なのか、それとも『あなた』に対する呼びかけなのか。僕はどちらもあるのだと思います。

 viviでも言ってましたが、この時期の米津玄師は言葉の力というか、思いを言語化する能力に疑いを持ってますよね。

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 どれだけ言葉を尽くしても、魂の奥底は伝わらない。それどころか、言葉によって伝えたかった魂は濁り、相手を惑わせてしまうだけになってしまう。

 それならば何も言わないのが正解だ。それがこの頃の彼の美学だったのかもしれません。それでも歌を紡いだのは、濁ろうとも伝えたい何かがあったのでしょう。彼の矛盾の中でのもがきを感じる部分です。

様々な幸せを砕いて 祈り疲れ

漸くあなたに会えたのだから

 紆余曲折あって、遠大な時間をかけて『あなた』に会えたことは、言葉にし難い至上の喜びだったのが伝わってきます。

 『僕』にとって、『あなた』は運命の相手だった。『僕』の胸の高鳴りが聞こえるようです。

一緒にいこう あの光の方へ

手を繋ごう 意味なんか無くたって

 はぐれることのない光の中で、意味など無くとも『僕』は『あなた』と手を繋ぎたい。もうさ、ここさ、じゃんね。こんなにも純粋な愛を伝えられる米津玄師はやはり素晴らしい言葉の魔術師だと思います。

解呪の為に

いつか紺碧の 仙人掌が咲いて

一枚の硝子は崩れるだろうさ

信じようじゃないか どんな明日でも

重ねた手と手が触れ合うその日を

呪いが解けるのを

 サボテンの花言葉ってどうやら「枯れない愛」や「偉大」だったりするそうです(俗説の塊みたいな花言葉ってどれをソースに語ればいいんだろう)。

 紺碧ってことは緑成分のない純度の高い青じゃないですか、ってことはサボテン本体の色じゃなくて花の色のことを指しているんだと思います。ただ、確かなソースは見つけられなかったんですが、サボテンって色素の関係で青い花が咲かないようなのです。

 それがわからずに信じているのか、それともわかっていてそれでも信じているのか。彼らの間の呪いはとてつもなく強固なもののようです。

今この間にあなたがいなくなったら

悲しさや恐ろしさも消えてしまうのだろうか

昏い午後の道端で探しまわった

呪いを解かす その小さなナイフを

汚れることのない歌を

 『あなた』がいなくなったら、消えて感情がマイナスな悲しさや恐ろしさなのが、より根源的な部分の消失を感じさせ、より人間として生きるには『あなた』が必要なのだと感じさせます。

 ナイフ、何故ナイフなのか。少し謎ですが、サボテンにかかっているのでは? サボテンを切って断面から新たな芽を出させて、花を咲かせようとしているのかもしれません。それが同時に歌でもある。サボテンを育てるには話しかけることが有効だと言います。青い花を咲かせる為に歌を聴かせているのでしょうか。

 少し雑な推測が入りましたが、呪いを解く為に『僕』は色んな手法をとっているということなのだと思います。

サンタマリア 全て正しいさ

どんな日々も過去も未来も間違いさえも

その目には金色の朝日が 映り揺れる

点滴のように 涙を落とす

その瞳が いつだってあなたなら

落ち込んだ 泥濘の中だって

 一瞬、文の繋がりが分からなくなってしまいます。ちょっと整理してみましょう。

 点滴。「点滴穿石」という、「雨垂れ石を穿つ」と大体一緒の言葉があるらしいです。いずれ石を穿つようなほどにぽつりぽつりと涙を落とすその瞳が『あなた』であったならば、落ち込んだ泥濘の中であっても──何なんでしょうか、ここの述語が省略されていますね。つまり、小さくも大きな力を持った『あなた』であれば、泥濘の中でも……『僕』を見つけ出してくれる、というのが自然でしょうか。

 ここは難解ですな。

愛、それは信仰そして信頼

ここは面会室 仙人掌は未だ咲かない 硝子は崩れない

そんな中で一本の蝋燭が 確かに灯り続ける

あなたを見つめ あなたに見つめられ

信じることをやめられないように

 サボテンはいつまで経っても咲かず、ガラスは崩れないまま。それでも面会室には蝋燭が灯っている。『僕』は『あなた』の目の前ではガラスが崩れることを信じるのをやめられない。

 サンタマリアと何度も口にしていますし、『あなた』への愛は信仰にも似ているのかもしれません。

サンタマリア 闇を背負いながら

一緒にいこう あの光の方へ

 これは『僕』の決心なのかもしれません。『あなた』であれば呪いや罪、闇を背負いながらも『僕』と一緒に来てくれると、信じようと思ったのかもしれません。そして「あの光」とは多分、蝋燭の小さな火。向かうのが小さな火の元であっても、『あなた』ならばその全てを受け入れてくれると、『僕』は苦しみながらも自分勝手だと分かっていながらも信じてみたのかもしれません。

つまりはつまりは

 『僕』と行く道は苦難の道だけれども、『あなた』についてきてもらいたい。聖女のごとく偉大な『あなた』ならきっと出来るはずです。

 『僕』が『あなた』にそう告げた曲なのだと思います。すごく俗に簡潔に言うとプロポーズなのだと思います。

 僕は米津玄師結婚曲というジャンルを勝手に作っているのですが、今日そのリストに『サンタマリア』が加わりました。

 次は2ndシングル『MAD HEAD LOVE』になります。長くなると思いますがぜひ読んでみてください。

サンタマリア(通常盤) - 米津玄師

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